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神の島探訪記 沖ノ島②

2009/09/04 15:24

 

  沖津宮の社殿は、木漏れ日が差し込む森の中、岩と岩に守られるように、ひっそりと建っていた。

 

 

 田舎の山道を歩いていると、地元の人たちが祭っている小さな祠みたいなものを目にするが、それをそのまま大きくしたような感じで、質素だが重厚な雰囲気がある。
 

 中は10畳ほどに広さ。奥に神棚があり、神様の寄代となる鏡がある。

 

 

 その上に、宗像大社の所以とも言える神勅「奉助天孫而(あめみまをたすけまつりて) 爲天孫所祭(あめみまにいつかれよ)」の額が掲げられている。

 


 吉野さんが「献魚」をお供えし、国家安寧を祈る日々のお勤め「日供祭(にっくさい)」が始まった。吉野さんが祝詞を唱え、社殿や周囲の巨岩にこだまする。うるさいくらいだった鳥の声も、いつの間にか聞こえない。優しく吹く風とそよぐ木々の葉。神秘的な雰囲気に、目をつぶっていると近くに神様がいるような気がする。玉串を供え、低頭して「日供祭」は終わった。
 

 社殿の近くには23もの祭祀遺跡がある。沖ノ島から出土した遺物の研究を行っている宗像大社文化財管理事務局の重住真貴子さんによると、沖ノ島での祭祀は、4世紀後半から10世紀まで、約600年間にわたって行われたという。はじめ巨大な岩の上で行われていた祭祀は、5世紀後半に岩陰での祭祀へと移行。その後、7世紀に半岩陰・半露天祭祀、8世紀には露天祭祀へ変遷していった。その過程について重住さんは、「人々の神に対する意識の変化が表れている」と話す。「人々ははじめ、神に近付きたいとの願いから、岩上に祭場を設け、神が降りてくるよう願った。そのうち、神を崇めるゆえに畏怖の念を抱き、神が宿ると考えられた岩から離れていったのではないか」と重住さんは分析している。
 
島での祭祀には、当時の大和政権が深く関わった。国内で製造された一級品だけでなく、海外との交渉で獲得した珍しい品々も神への献物に用いられた。出土したそれら遺物約8万点は全て国宝に指定され、沖ノ島が「海の正倉院」と呼ばれる由縁となった。

 吉野さんにいくつか祭祀遺跡を案内してもらった後、社務所へ戻るため参道を下りる。しかし後ろ髪を引かれて、何度も社殿を振り返った。この神秘的で荘厳な空間は、今もなお古の時代と変わっていないのだろう。
 

 

 

 社務所へ戻ると、吉野さんが社殿から持ち帰った献魚を調理してくれた。

 

 

 この日は、鯛飯とイサキの刺身。

 

 

 日供祭の最中も飛び跳ねていた魚は新鮮そのもので、口に運ぶと海の香りがあふれた。こういう魚を味わうと、僕らが普段口にしている魚は何なのだろうという気がしてくる。吉野さんは東京の大学で学んでいた際、東京の回転寿司店でウニを食べたが、薬品臭くて食べられなかったと話してくれた。そりゃ、こんな魚をいつも食べている人が、東京の回転寿司店の魚をおいしいと感じるはずがないですよ。

 

 神職は島にいる間は自炊をし、漁師からの献魚を調理することもある。日供祭を終えると、神職は参道の掃除をしたり、読書をしたりと思い思いの時間を過ごすという。吉野さんは「島での10日間は、世間と離れ、自分を見つめる機会でもあります」と話す。こういう取材っぽい話だけでなく、いろいろと個人的な話もした。神職とはいえ、当然僕らと同じ人間なので、そりゃいろいろとありますよね。

 吉野さんと話をしていたら、なんだかお腹と右足がチクチクと痛む。何気なく手を伸ばしてみたら、ブニョンとした感触が。「まさか!」と思って見てみると、話に聞いていたヒルがくっついているではないか。しかもヒルはかなり長時間、血を吸い続けていたのか、水を入れすぎた水風船のように太く大きくふくらんでいる。
 無理やりひきはがすと、ヒルは怒ったのかヘビ花火のようにグニャーンと伸びて転がった。ヒルをティッシュでつまむと、吉野さんがどこかに捨ててくれた。長袖長ズボン、首にはタオル巻きをいう完全防備のヒル対策も無に終わった。「島に住んでいる僕ですらヒルに襲われたことはないですよ」と吉野さんに笑われ、ダブルでショック。
 

 食事を終え、船が出港する時間になった。吉野さんは港まで見送ってくれ、「また会いましょう」と言葉をかけてくれた。吉野さんと再会することはもちろんだが、僕は再びこの島を訪れてみたいと思う。沖ノ島の厳しい掟のひとつに、「島で見聞きしたことを外に漏らしてはならない」という掟がある。その中で沖ノ島を取材させてもらったかげには、宗像大社の方々の多大なご厚意があった。そのご厚意のおかげで、たくさんの記事やらブログやらを書かせてもらえた。そのことを神様にご報告し、お礼を言うために。

 沖ノ島を含む宗像一帯は現在、吉村作治・早大教授により、世界遺産への登録が提唱されている。吉野さんは「何よりも大事なのは、今まで受け継がれてきた原則や掟を守り続けることだと思います。地域の人々がいるからこそ、神社は成立する。地元の人々の気持ちを大切に、今まで伝わってきたものを残していくことで、沖ノ島は守られていくと思います」と話し、古から続く人々のまっすぐな祈りが、沖ノ島を守っていくことを印象づけた。(おわり)
 

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